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311グラムに込められた、忘れてはいけない物語

五感を通して人は様々な場面を思い出す。懐かしい人、優しい思い出、悲しい別れ、辛い体験、頑張った達成感、それらは心の奥にいつの間にか置き忘れてしまった物語である。

2011年3月11日、人々は様々な場所でそれぞれの震災を体験した。東日本大震災から6年の間に復興は進み、町は姿を変えて、新たな日常を取り戻したかのように思える昨今でさえ、今もなお苦しい思いを抱えている人々、避難生活を強いられる人々がいることを忘れてはいないだろうか。あの時、当たり前のようにある電機、ガス、水道、食料などが途絶えてしまった不安を、私たちはどんな時に思い出しているだろうか。温かい風呂に浸かり、炊き立てのご飯を食べ、布団にくるまって眠りに就くことが、あの時ほど有り難く感じた人も多いことだろう。

311グラムの“忘れ米”には、あの時の必死だった自分を思い出させてくれる。そこには心温まる人々の物語があった。

「お風呂に入りたい」その一声で始まった支援活動

東日本大震災より約一週間後の朝9時、“忘れ米”の制作者である奥山勝明さんは、以前より交流のあった宮城県南三陸町の知人からの衛星電話が繋がると、「お風呂に入りたい」という第一声を耳にした。この寒い季節に、凍るほどの冷たい川で髪を洗っていると言うのだ。直ちに奥山さんは、米の卸先である赤倉温泉旅館の主人に被災者への温泉と送迎用バスの提供を相談し、約2時間後には自らがバスを運転して南三陸町へと向かっていた。しかし往路、そこに立ちはだかるのはがれきの山々。ところがなんと目の前で自衛隊ががれきを撤去し、道を切り開いてくれたお陰で、約5時間もかかったが避難所の体育館へ到着することができたのだ。するとそこには大勢の被災者の方が、今か今かと奥山さんの到着を待ちわびていたのだった。

奥山さんはまず第一団として、バスの定員27名を乗せて旅館へ向かって出発。直接被害に遭わずとも、誰もが不自由を余儀なくされたあの時に、旅館では宿の人々が、温かい温泉と心づくしのご飯、柔らかな布団で被災者の方々を迎え入れ、その温かさに27名の心と体がどれだけ癒されたことだろうか。

翌朝、一人ひとりに炊き立てのご飯でにぎったおにぎりを手渡し、奥山さんが運転するバスは、被災者の方々が必需品の買い物をするために復路の途中にあるスーパーマーケットに立ち寄り、避難所の体育館へと送り届けた。するとそこには新たな27人が待っていたのである。

この支援活動は、宮城県南三陸町と山形県赤倉温泉を5回も往復して、とうとう軽油が底をつき終了せざるを得なくなる。このバスを走らせた燃料は、奥山さんのトラクターに残されていた軽油だったのだ。

あの時、燃料を求める人々で、ガソリンスタンドは長蛇の列、しかし何時間も待っても燃料を購入できない事態だったことを思い出す人も多いだろう。燃料もなく、道路も鉄道も使えず、東日本からの仕入れが途絶え、店の多くは空っぽになった陳列棚が目立ち、この先どうなるのかと誰もが心細く不安になったものだ。

あの時、誰もが被災者の力になりたいと願いながらも見守るばかりで、それを行動に移した一人の奥山さんはその後、地元の松林寺住職三部義道さんと一緒に、南三陸町での炊き出しや福島県飯館村へも支援に奔走したのだった。

あの時の気持ちを忘れないために“忘れ米”が生まれた

未曾有の震災から約5年後の2015年2月末、奥山さんが指の怪我で入院をした時のこと。走り続けた忙しい日常から離れ、「自分がこのままでよいのだろうか?」と自問自答する日々が続いた。

震災のあの時、誰もが誰かの力になりたいと動いたあの気持ちを忘れていないだろうか。ライフラインが遮断された被災者の集まる体育館で灯されたろうそくの炎に寄り添った日々を語りあうことも大切なことではないだろうか。平和な日常が取り戻されると同時に、あの時の気持ちが風化されてしまわないようにするためにできることを始めよう。退院後、奥山さんは活動を共にした住職の三部さんと一緒に自作農の米“夢まどか”310グラムに1グラムの1本のろうそくを添えて311グラムの“忘れ米”袋を311個だけ作り、支援活動で出会った人々に配ったのだ。こうして年に一度だけの“忘れ米”は生まれたのだった。

“夢まどか”は、2015年生まれの山形95号

近年、日本穀物検定協会による「おいしい米」を評価する食味ランキングが注目され、白米を炊いて、外観、香り、味、粘り、硬さなどの総合評価に基づいてランク付けし、特に評価の高い米を特A銘柄などと呼んでいる。

2015年も新品種の北海道の“ふっくりんこ”、青森県の“青天の霹靂”などを含む全国各地の銘柄が特A評価された。惜しくも特A評価には及ばなかったものの、この年には山形県で誕生した新品種“山形95号”がある。

“山形95号”は、作付けした農家が独自の名前を付けられるという特許米なので、 “夢まどか”“雪きらり”“ひだまり”などの可愛らしい名前が付けられている。

試行錯誤の結果、温泉水と合鴨による完全無農薬米が生まれた

奥山さんは“夢まどか”を独自で発案した栽培方法で生産している。それは68度の赤倉温泉の源泉を水で割った60度の温泉水で種籾を雑菌消毒し、さらに温泉温湯処理方法で発芽した苗を植え、太陽の下、水田に放った合鴨が水をかき回し、雑草や虫をついばんで駆除、その糞と有機肥料だけで育つのが完全無農薬の“夢まどか”なのだ。